天敵の話 第4回
温室を飛び出した生物農薬の天敵はどうなっているの?
ツマアカオオヒメテントウ成虫
天敵の話も今回が4回目です。私が在籍した当時の柑橘試験場では外国からの天敵導入を何種類か行ってきました。植物防疫法により外国からの動植物の導入は「有害生物でないこと」の条件が証明できれば可能になります。天敵類をアメリカや中国、インドなどから導入しました。そのうち、野外へ放飼することができたのは前回のこの欄で述べたヤノネカイガラムシの天敵とコナカイガラムシ類の天敵として外国で利用されているツマアカオオヒメテントウムシ(Cryptolaemusu montrouzieri Mulsanto)(以下ツマアカ)でした。このテントウムシはすでに1931年にハワイから岡山県農業試験場に導入され、福岡、愛媛、長野県で現地試験が実施されてきました。しかし、冬季に-3.0℃以下の低温になると死滅して越冬できず、定着しなかったため導入天敵としては不成功例とされています。しかし、昭和1972年頃から冬季に加温する早生温州のハウス栽培が始まり冬季でもハウス内ではツマアカの活動可能な温度条件が存在することになります。そこで、ハウスや温室などの施設栽培であれば利用できる可能性があるので、アメリカのカリフォルニア大学に依頼し再導入を行いました。
1979年に航空便で送られてきた成虫は5 0匹でしたが、生存虫は14匹でした。これらのツマアカはジャガイモやカボチャで飼育したミカンヒメコナカイガラムシを餌として恒温室で飼育し順調に増殖しました。これら増殖したツマカはハウス栽培のみかんで防除効果試験を行いましたが、他の病害虫防除のための薬剤散布が行われるのでコナカイガラムシ類防除のためだけに使われる機会は少ないものでした。また、試験場内の薬剤無散布のみかん園には1980年に成虫が放飼され防除試験が実施されています。しかし、放飼後にツマアカが越冬して、定着していることは確認できませんでした。定着は失敗したものと考えていました。そして、ツマアカ放飼後21年目の2001年7月9日に柑橘試験場を訪門した際、放飼したみかん園を観察したところ偶然ツマアカの成虫と思われるテントウムシが発見されたのです。Sasaji(1971)の記載と照合した結果、ツマアカオオヒメテントウムシ(Cryptolaemusu montrouzieri Mulsant)であることが確認されました。放飼してから、定着が確認されるまでに約20年間が経過したことになります。また、本虫は1999年と2000年にOhashi(2001)によって大阪での生息が記載されています。ツマアカは静岡県以外には配布しませんでしたが、ヤノネカイガラムシの寄生蜂天敵はポット植えの温州ミカン苗木とともに全国の柑橘産地に配布されていたのでこれらの苗木とともにツマアカが非意図的にヤノネカイガラムシの天敵とともに配布された可能性があります。静岡と大阪で発見されたのが天敵の全国への配布時期と試験場内の柑橘園へ放飼時期から約20年という同じ時間に興味があります。
前回の本部会講演会では流通経済大学後藤教授の「ナシ園のカブリダニ種の置換に関与する要因を探る」講演で、ケナガカブリダニ(以下ケナガ)とミヤコカブリダニ(以下ミヤコ)のナシ園における優占種がケナガからミヤコへの置換についての発表でした。天敵の種の「おきかえ」については、カリフォルニア州における柑橘害虫のアカマルカイガラムシの例が有名で最初 はAphytis chrysomphali、が導入されたが、次に導入された同属のA.lingnanensis に置き換わり、さらに同属のA.melinusが導入されるとこの種が優先種となっている例などがあります。
果実に寄生したアカマルカイガラムシ
わが国で、生物農薬のチリカブリダニが農薬登録され使用されるようになったのは25年前の1995年からでした。施設内での使用条件ですが、施設外に出れば自己死する遺伝子が組み込まれていれば、自然界への影響はそれで解決ですが、そうでなければ25年間多量のチリカブリダニが自然界に放出されてきたことになります。現在、静岡県内のほとんどの茶園やみかん園の下草にナミハダニが寄生している園ではチリカブリダニが生息していると聞きます。1995年以降、チリカブリダニだけでなく、施設で使用される目的でカブリダニをはじめ寄生バチなど多種の天敵が放飼されてきましたがこれらの天敵が施設外に飛び出してから自然界でどのような運命をたどっているか興味があります。
ツマアカの導入から定着の確認まで約20年間でした。チリカブリダニの放飼から25年経過し、施設を飛び出した天敵たちがどのようになっているか確認する必要がないでしょうか?続々と定着し、在来種の天敵と「おきかわって」いるかもしれないのです。
参考文献
1) Ohashi,K(2001):環動昆 12-4 185-186
2) Sasaji,H(1971):Academic Press of Japan,Tokyo pp 93-96
3) 古橋嘉一()1980):関西病害虫研 22:28-29
4) 古橋嘉一・伏見典晃(2001)55-12 32-33
☆:蛇足ですが、2月22日付日経新聞のサイエンス欄「今を読み解く」に「外来種は環境に悪いのかー自然保護問題見直す契機にー」の記事がありました。
記事に引用されている著書はすべて翻訳本で、新型コロナ騒動の時期で、図書館は休館中のため通販で下記の著書を取り寄せました。
本の和名と原題名は下記の通り。
1「外来種は本当に悪者か?(原題名:The new wild,草思社)」、
2「なぜわれわれは外来生物を受け入れる必要があるのか?(原題名:Inheritors of the earth、原書房)」、
3「外来種のウソ・ホントを科学する(原題名:Where do camels belong ? 築地書館)」
4「(自然)という幻想(原題名:Rambunctious Garden、草思社)」
・外来種の天敵を悪者にしないために興味ある方はお読みください。
(文責:古橋嘉一)