天敵の話 【上】

天敵農薬第1号「クワコナコバチ」(その1.試験研究から農薬登録まで)
Kuwakonakobachi,The first Registered Biological Pesticide in Japan Part 1

 現在では数多くの天敵農薬が農業の現場で利用されていますが、その第1号である「クワコナコバチ」のことはそれほど知られていなのではないでしょうか。知られていないと言うよりも、忘れられているという表現が正しいのかもしれません。

 クワコナカイガラムシはリンゴやナシの厄介な害虫です。成育の進んだ幼虫や成虫、卵はワックスで覆われ、しかも樹皮の下や果実にかける袋の内部などに生息するので薬剤の効果が表れにくく、栽培農家では薬剤散布に加えて冬期の粗皮削りや幹に巻き付けたバンド誘殺など大きな労力を伴う作業が行われていました。


クワコナカイガラムシクワコナカイガラムシ

 リンゴ果実のクワコナカイガラムシリンゴ果実のクワコナカイガラムシ


「クワコナコバチ」はクワコナカイガラムシの寄生蜂「クワコナカイガラヤドリバチ(Pseudaphycus malinus)」を武田薬品工業株式会社(以下武田薬品)が製品化した天敵農薬です。クワコナカイガラムシにクワコナカイガラヤドリバチが産卵すると、孵化した幼虫がカイガラムシの内部を食い荒らしカイガラムシの体は中に寄生蜂の蛹が詰まった小さな米俵のような形に変わります。これをマミーと呼び、1つのマミーからは10頭ほどの成虫が羽化して来ます。成虫はわずか0.8mmほどしかない大きさです。ここでのマミー(mummy)はお母さんの意味ではなくミイラのことです。「クワコナコバチ」はそのマミーをシートに一定量収めた製品です。


クワコナカイガラヤドリバチの成虫  クワコナカイガラヤドリバチの成虫 
 武田薬品での試験研究は、九州大学農学部安松京三教授のすすめによって196212月にスタートし、その過程でシロツノコナカイガラヤドリバチ、ルリコナカイガラヤドリバチなど数種類の寄生蜂の中からこのクワコナカイガラヤドリバチが候補として選ばれました。このヤドリバチは千葉県南部や福岡県など比較的暖かいところに分布していましたが、個体間の干渉が少ないこと、単食性で産卵期間が短いこと、宿主(カイガラムシ)のどの生育段階にも幅広く寄生しうること、宿主の探索能力が大きいことが評価されたのです。

 使用法に関する試験は、予備的な各地での圃場試験を経て、1964年に青森、長野、福島、鳥取県の園芸関係の試験場に委託して進められました。さらに1965年からは日本植物防疫協会を通じての実用化試験がリンゴでは東北6県と長野県の計7試験場で、ナシでは鳥取、福島、長野、長野下伊那(南信)の4試験場で連絡試験が行われ、翌1966年には安定した効果が認められるようになりました。それらの結果をもとにして1967年に農薬登録申請が行われ、19703月には日本における生物農薬第1号(農林省登録第10754号)として「クワコナコバチ」が農薬登録されたのです。

写真提供:河合省三、岸谷靖雄、高木一夫の各氏

(文責:柏田雄三)